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DJ OZMAで元気だそう!
DJ OZMAのライブ参戦記
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シグナル8の台風に遭遇したアフターパーティ
“真壁の夕べ”を堪能し、また胸がいっぱいになる。脳内倉庫はすでに満員御礼。5日連続であの人たちに会える。しかも至近距離で。そんな最上級な非日常に耐えられる心臓を持っていません。

アフターパーティまでは4時間以上あるので、遅い昼ごはん(フードコートのハンバーガー。意外に美味)を食べちょっとだけ3階のショッピングモールをウロウロした。

部屋に戻ってボーっとしていたら、友人から電話が来た。「今夜は台風のせいで外出禁止」。ホテルのスタッフからそう聞いたという。去年の沖縄ロワイヤルに続き、今年ももタフな夜になる予感がした。

しばらくすると不思議な音が聞こえる。ホテルの壁面にぶち当たってくる風の音だった。雨も激しく風に煽られている。テレビのニュースは台風の情報を流し続ける。アフターパーティは中止になる可能性が高いと思った。ホテル自体は頑丈でまったく揺れを感じないものの、館内のエレベーターは外から入ってくる風の影響を受けて細かく左右に振られる感じだった。

イベント中止の連絡が来ないので、着替えて20時15分ごろツアーデスク前に集合してみる。中止のアナウンスはない。シグナル8(危険度の指数)は交通機関(飛行機、フェリー、橋の行き来など)がすべてストップするほどのレベル。外出は不可能だからバスで移動なんて狂気の沙汰。次善の策を考えようにも手がないはず。そんな極限状況の中でOZMAさんたちは実施の可能性を模索してくれている。もう十分すぎるほど楽しませてもらったので、アフターパーティが中止でもいいと思った。モンキーバーがどんな場所なのか興味はあったけど。モンキーバーで何が起こるのか知りたかったけど。
しばらくするとパノラマのツアーガイドさんから説明があった。「一度解散して21時20分に再集合」の指示。その時点での進捗状況を伝えてくれるという。とりあえず部屋に戻り再びツアーデスク前に来た。けれど残念ながら1時間では決着しなかった。次は23時に再々集合となる。

張り詰めていたキモチがゆるみ始め、空腹だったことに気づく。晩ごはんを食べて待てばいいんだ。おいしいものでお腹を満たして気分を盛り上げようと思い、1階のカジノのそばにある広東料理の店に行ってみた。ところが、すでに閉店の22時が近く入店を断わられた。あー、散在するつもりだったのに。仕方なく、カジノの真ん中にある“レッドドラゴン”でラーメンを食べる。すぐそばのテーブルにゲームに熱中した人がいて、ときどき雄叫びが聞こえる。しいたけ入りのラーメンはおいしくて胃袋が大喜びした。

さて、23時にツアーデスク前に再々々集合すると、憔悴した山口さんの顔が見えた。パノラマのガイドさんたちと打ち合わせしている。しばらくして山口さんからアフターパーティーの中止と代替案の説明があった。中止で構わないのに、絶対に中止にはしないというOZMAさんの熱意を感じた。

悪戦苦闘の末の代替案はこうだ。OZMAさん、KINGさん、PANCHOさんが三手に分かれ、それぞれが客室でゲストを迎える。フリードリンクのチケットさえ購入すれば、どこの部屋も出入りは自由。

ツアーデスク前のホワイトボードに部屋番号と各部屋に待機するファラオの名前を発表するのでこのまま待つように言われる。お疲れの山口さんに笑顔が戻り、OZMAさんのことを「モジャ」と呼んでいた。「YASSはやる気がないように見えるけど、一番やる気がある。」という説明にゲストが笑った。

3つの部屋を訪問せずに帰国することはできない。けれど、23時からは静かな闘いの始まりだった。再々々々集合の声がかかったのは25時。ツアーデスク周辺は待ちくたびれた人たちが難民のように見えた。ヒールの高い靴を脱ぐ人、絨毯の上に座る人、昼間の疲れが出て無理な姿勢で眠る人、壁にもたれかかってうつろな目をする人。24時にかぼちゃの馬車が迎えに来なかったシンデレラたちが行き倒れているようだった。ケータイで何枚か写真を撮ったけど、とてもその惨状はお目にかけられない。ww

そして、気が遠くなるほどの時間を文句を言いながら一睡もせずに待ちつづけ、いよいよアフターパーティ改め、打ち上げフェスのラインアップ発表を聞く。

20080924010839.jpg

フリードリンクチケットを購入し、ルームナンバーの書かれたホワイトボードをケータイで撮り、いよいよ3人の部屋を回る。イベントは25時開始で27時終了とのことだが、とても27時まで体力が持たないと思った。最後の思い出に3人の顔を見るだけで十分だ。

最初に38階のOZMAさんの部屋を訪ねる。38階は特別フロアらしく、ムダにゴージャスな普通のフロアと違いドアは木目。落ち着いた色調だった。部屋の入り口でドリンクチケットを見せいざ入室。

ストレートヘアで帽子を被りジーンズをはいたOZMAさんがリビングルームの中心あたりに見える。部屋は広いがOZMAさんの回りはすでに乗車率300%の通勤電車の様相。ちょうどオープニングの挨拶をしているところだった。とても近づける状態じゃない。部屋の隅でドリンクサービスを担当している櫻島さんを発見。まずは握手を求めオレンジジュースをつくってもらう。一条さんの私服はデコラティブだった。はりきってるYASSさんがどこにいるのかわからなかった。

OZMAさんのトークが終わり、部屋にいる人全員で乾杯。どうやらこのタイミングでBGMのボリュームを上げて欲しかったらしく、OZMAさんは来津さんに「そこでバーンと来るとよかった!」とひとこと。来津さんが「こんな感じ?」と事後確認していた。

OZMAさんがソファに座り、パソコンに入っている曲を披露しはじめる。部屋の照明を落としているので表情はわからない。このあと16:30まで昭和の音楽を流しながら打ち上げフェスはつづいたという。しばらく聴いて、一つ目のミッション終了。

エレベーターで28階へ下り、目的の部屋へ入室。PANCHOさんはビール担当で、ゲストにビールを渡す仕事をしていた。奥の部屋で岸部さんが何人かの人に囲まれいい感じで飲んでいるのを発見。北斗さんはひとりがけソファに座りリラックスしてタバコを吸っていた。精吾さんが窓際で男の人と談笑中だった。

PANCHOさんの側でビールを受け取る人の列に加わってみる。自分の番が来て改めてPANCHOさんを見ると、かつてなく気さくな雰囲気だった。暗い部屋だけど白いシャツが眩しかった。「ビールはいらないんで握手して下さい」、といって両手を取りありがとうの気持ちを伝えました。二つ目のミッション終了。最後はKINGさんの部屋へ向かいます。

エレベーターで8階へ下ります。ここはサウンド・オブ・サウダージな真壁の夕べを楽しんだ場所だったようです。入室するとKINGさんが女性に囲まれているのが見えました。KINGさんとはマカオ空港で柵越しに二言だけコトバを交わしただけで、今夜は順番待ちしてでも近くへ行きたかった。

それほど待たずにKINGさんの前に辿りつけました。白地に細い黒いボーダーのタンクトップだったと思う。去年の沖縄ロワイヤルでは、一部の隙もない完璧なホスト服、ふんわりヘアー、真っ白な靴だったのでとても近寄りがたかったけど、気さくでフレンドリーな雰囲気でした。しっかり両手で握手。昨夜の睡蓮歌で、団扇から何かがはみ出ていたことを伝えてしまいました。それを聞いてもさわやかな笑顔のKINGさん。ダークさとかエロティックさは微塵も感じられませんでした。なんてすがすがしいんだろう。なにかがズッキューンと胸に刺さってしまいました。こんな清涼感は反則だと思います。深夜なのに。またしてもあの笑顔にヤラレてしまった。

その後、飲み物を勧めていただきました。「焼酎もそろってますよ」と言われ、バーカウンターを見るとマカオの地になんと3種類くらい焼酎が並んでいたでしょうか。KINGさんは焼酎を飲んでいらっしゃるようでした。焼酎は無理だけどソフトドリンクをお願いするのも気が引ける。迷っているとドンペリのシャンパンを開けてくださることになりました。栓を抜きグラスを満たしてくれたのは霧牙峰さん。KINGさんとグラスを合わせ乾杯。あとは寝るだけなのでおいしくシャンパンをいただきました。なにひとつ思い残すことなし。三つ目のミッション終了。

ケガの功名みたいなフェスだったけど、自分自身の滞在時間は短かったけど、最後の夜を飾るに相応しいおもてなしを受けて、ほんとうに心が満たされた夜でした。OZMAさんの話によれば、当日は3000室もあるベネチアンマカオが満員で、会場の手当てが大変だったらしい。無理を言ってひと部屋空けてもらったとのことですが、それ以外にも想定外のアクシデントがいろいろあったことと思います。疲れた様子など微塵も感じさせず、楽しませてくださったことを感謝しています。

もしかして、モンキーバーってここかなぁ?ページの真ん中くらいにファンキーなお猿さんがいるところ。




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鳴豆魔めい
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